Sponsored link

「想い出のサンジェルマンデプレ」ニコレッタカテゴリの記事一覧

「想い出のサンジェルマン・デ・プレ」ニコレッタ

ニコレッタ(Nicole Grisoni)はフランス・アルプスにほど近い
Savoie地方Vongyで1944 年4月11日に生まれました。
父親はイタリア人で、彼女が幼い頃に失踪し、母親が病気がち
だったため、祖母のもとで育てられました。

リヨンの芸術学校を卒業し歌手を目指してパリへ向かった
ニコレッタは、芸術家や学生の集まるサン・ジェルマン・
デ・プレでディスク・ジョッキーの職を得ます。

そこでレコード会社バークレーのディレクターLeo Missirに
スカウトされ、1966年にエディット・ピアフのナンバー
"L’Homme à la moto"をカバーしてレコード・デビュー。
翌年にスコット・ウォーカーのヒット曲“Angelica”を
カバーしたシングル“La musique”を出しますが、同じ年に
続いてリリースしたバラード“Il est mort le soleil”が
Ray Charles もカバーを出すほどの爆発的なヒットとなって、
一躍スターの仲間入りを果たします。 

1971年にはHubert Giraud作の“Mamy Blue”が大ヒット、
ゴスペルの影響を感じさせるこの曲は多くの歌手たちに
カバーされます。

1972年にはフランス国内はもとよりトルコ、アフリカ、
ブラジル、さらに日本でもコンサート・ツアーを行ないました。
1973年には自らのレーベルRapa Nuiを立ち上げ、若いアーチストを
育てたり、自ら作詞も始めます。

1979年にはスイスの宝石商であるPatrick Chapuisとの間に息子
Alexandreをもうけます。


1970年代は念願のオランピア劇場でのリサイタルも実現し、
名実共にトップ・スターの地位を手に入れましたが、1980年代
以降はヒット曲に恵まれなくなり、1985年には離婚も経験します。

Kurt Weil とBerthold Brecht作の"Mahoganny"や、ミュージカル
“Quasimodo”への出演やライブを中心に活動を続けていたものの、
最愛の祖母の死をきっかけに宗教に目覚めた彼女は、90年代後半
からゴスペルに傾倒するようになり、黒人のコーラス・グループを
率いて数多くのゴスペル・コンサートを行ない、初のライブ・
アルバムもリリースしています。

2001年秋にStar AcademyというTV歌番組の優勝者が、1967年に
ニコレッタがリリースした“La musique”を歌ったのをきっかけに、
彼女の歌声が再評価されベスト・アルバム“30 ans de passion”
がリリースされました。


ソウルフルな歌声が魅力のニコレッタですが、ここではミシェル・
ルグランとバークレイ社の社長エディ・バークレイがニコレッタの
ために書き下ろした、
『 想い出のサンジェルマン・デ・プレ』(1971)を。
当時、FMラジオから聞こえてきたこの曲が忘れられません。

Nicoletta/ Ou es tu passé mon Saint Germain des pres?


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。