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「パタパタ」ミリアム・マケバ Patapata

この曲については、1970年代に小中学生だった方は学校で
フォークダンスで踊ったことがあるかもしれませんね。
当時、振り付け図つきで再発売されていました。


ミリアム・マケバ(Miriam Makeba 1932〜)は南アフリカで
音楽活動を始め、1950年代の終わりにアメリカに渡り、
マイルス・デイビスなどのジャズメンと共演したりしながら、
実績を積んでいました。

南アフリカ出身のマケバを、無名だった時代に世界の
音楽界に紹介をしたのがハリー・ベラフォンテでした。
ベラフォンテはワールド・ツアーに彼女を同行させて、1965年には
「An Evening With Belafonte/Makeba」というアルバムをリリース
しています。

1967年「パタ・パタ」が世界的な大ヒットになりますが、
翌年1968年、マケバは過激な黒人人権運動家のストークリー・
カーマイケルと結婚すると、アメリカのマスコミや芸能界から
完全に無視されてしまいます(!)。 

その後カーマイケルと共に活動の本拠地をギニアに移し, 
マケバはヨーロッパやアフリカで音楽活動を続けます。 

1980年ころカーマイケルと別れた後もマケバは音楽活動と
反アパルトヘイト運動を続け、1986年には当時アフリカの音楽に
傾倒していたポール・サイモンの Glaceland Project にも
参加します。 


そして1990年,時のデクラーク大統領によるアパルトヘイト終結宣言
により新生南アフリカが生まれると、マケバは約40年ぶりに
南アフリカ帰国が実現します。 

2004年には、1966年のストックホルムのライブを収録したDVDが
南アフリカ音楽賞を受賞し、現在も活躍中です。



「パタパタ」は1956年にすでに南アフリカでマケバが録音
していたという古い曲です。

歌詞は途中のセリフの部分を除いてズールー語で書かれています。

歌の途中で打楽器のように「タンッ」という音が聞こえますが、
南アフリカの現地語に特有の click sound というものです。



この曲にはもう一人、重要な人物がかかわっています。

1930年、ブラジルのパライバ州の田舎町に生まれたシヴーカです。
9歳からサンフォーニャ(ブラジルのアコーディオン)を演奏
始めると、15歳でプロ活動を開始、20歳のときに初アルバムを
発表、25歳の時にリオデジャネイロに移ります。

1964年にはニューヨークに渡りミリアム・マケバの音楽監督となり、
シヴーカがアレンジしてミリアムが歌った「パタパタ」が
全世界で大ヒットとなったのです。
当時ミリアムと一緒に来日したこともあります。



ではMiriam Makebaの「Patapata」、
1968年、ブラジルのサン・パウロでのTVショーの映像です。
バックで情熱的なギターを弾いているのが、Sivucaです。

  この音楽が鳴りはじめると、みんないっせいに踊りだす。
   金曜、土曜の夜は、翌日の朝日が昇るまで、
    徹夜で踊りぬく...♪




ロバート・ケネディが暗殺されたアンバサダー・ホテルの出来事を
描いた映画「ボビー」のなかで、S&Gの「サウンド・オブ・サイレンス」
やクリームの「スプーンフル」と共に「パタパタ」も使われています。
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