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「甘い囁き(パローレ・パローレ)」ダリダ&アラン・ドロン Parole parole

ダリダといっても、「それダレダ?」と言う人が多いと
思いますが、アラン・ドロンと「甘い囁き(パローレ・
パローレ)」を歌ったと聞けば、思い出す方もいるのでは?


ダリダはフランスで戦後最も売れた歌手の一人です。
録音した歌は500曲以上、全世界でのレコードの売上げは8000万枚。
55のゴールドディスクを受賞。
フランスでダイアモンドディスクを初めて獲得し、最初に
ディスコミュージックを流行らせた歌手です。

またフランスで、歌って踊るショー形式の大規模なコンサートを
行なった初めての女性歌手でもあります。


ダリダ(Yolanda Christina Gigliotti)は、1933年1月17日エジプト
のカイロ近郊で、イタリア移民の両親から生まれました。
父親はカイロ王立交響楽団のヴァイオリニストでした。 

1954年、貿易商の秘書をしているときに、「ミス・オンディーヌ
(水の精)」という美人コンテストに優勝し芸能界に入りますが、
フランスで女優になるためにパリへ移ります。

1956年、オリンピア劇場のオーディションに参加し、
サン=サーンスの「サムソンとデリラ」からとった芸名ダリダを
名乗り、「バンビーノ」が初ヒットします。

1960年代はカンツォーネからシャンソン、イギリスやアメリカの
ポップスまで歌う大ポップスターでした。

1970年代はオリジナル曲やディスコを中心に、紅白の小林幸子
並の(?)衣装で活躍し、「サント・ダリダ(聖ダリダ)」と
まで呼ばれました。

1970年と1974年に来日しています。


ダリダは私生活では、4回結婚し、その相手のうち3人が自殺
していて、ついにはダリダ自身も睡眠薬自殺(1987年5月3日)
してしまうという、劇的な生涯でした。



ダリダの歌でもっとも知られているのは、1973年のヒット曲
「甘い囁き(パローレ・パローレ)」でしょう。
日本ではアラン・ドロンの語りが入っているということで、
女性からのリクエストが多かったようです。

では、「パローレ・パローレ」 ♪


2001年にはフランスの切手にダリダが描かれました。

モンマルトルのサクレクール寺院の裏の墓地に、ひときわ目立つ
まさに水の精をかたどった美しいダリダの墓石があります。

本日(5/3)は偶然、ダリダの没後20年の日でした。(~【】~)
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