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「サマー・ホリディ」クリフ・リチャード Summer Holiday

クリフ・リチャードは、ビートルズ登場以前から現在に至る
ほぼ半世紀にも渡り、イギリスを代表するトップ・アーティスト
です。

イギリスでは125曲をチャートに入れ、その内14曲がNo.1という
スーパー・スターです。

イギリスでのシングル歴代累計売り上げランキングでも、
ビートルズやプレスリー、マドンナらを抑えて堂々1位に
輝いています。




1940年10月14日インド、ラックナウで生まれた
「ハリー・ロジャー・ウェップ」は、
1947年、両親の故郷であるロンドンに移住します。

ハイスクール時代に、バンド「クイントンズ」や「ドリフターズ」
を結成し、ダンスクラブなどで活躍。
その頃、マネージャーのアイデアでCliff Richardに改名。

1958年(18歳)、オーディションに合格し「ムーブ・イット」
「スクールボーイ・クラッシュ」でデビューします。

1959年、「リビング・ドール」がNo.1ヒット、ゴールドディスクと
なり、年間チャートでもNo.1になります。

ドリフターズはシャドウズに改名、映画「若き非行の群れ」に
出演。
シャドウズは以後、クリフと共に行動することになります。


1963年、4本目の映画「サマー・ホリディ」に出演し、この曲は
ビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」をチャート1位の座から
引きずり下ろし、日本でもクリフの人気が高まる。

1970年、BBCの番組「クリフ・リチャード・ショー」で
オリビア・ニュートン・ジョンを紹介、ツアーに同行させて
売り出します。

1976年、「デビル・ウーマン」がアメリカでミリオン・セラーと
なり、全米チャートの常連になります。


1995年、エリザベス女王からナイトの称号を贈られた。
この日からSir Cliff Richardと呼ばれるようになりました。


では「サマー・ホリディ」、歌詞付きなので一緒に歌いましょう。



1996年のウィンブルドン女子準決勝でのエピソードです。

雨で試合が中断となり、試合再開を待ち続けるテニスファンの
ために、大会主催者は、たまたま観客としてスタンドにいた
クリフに「歌ってもらえませんか」と依頼しました。

クリフは嫌な顔も見せずに引き受け、アカペラで歌い始めました。
途中から、ナブラチロワ選手も合唱に参加。
集まった観客たちも歌に加わります。

試合が再開されるまでの約20分間、伝統あるウィンブルドンは
臨時コンサート会場になったのでした。
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