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「悲しき天使」メリー・ホプキン Those Were The Days

メリー・ホプキンは1950年5月3日イギリス、ウェールズ
地方の南にあるグラモーガンのポンタードゥで生まれました。

小さい頃から歌うことが好きで教会や地元のパブなどで歌って
いましたが、「CAMBRIAN RECORDS」からウェールズ語で歌った
『PLESERAU SERCH (Plaisir D'Amour)/愛の喜び』を
リリースしています。


1968年5月にテレビのオーディション番組
「オポチュニティ・ノックス」に出場しているところを、あの
ミニ・スカートをはやらせたモデルのツイギーが見ていて、
ビートルズのポールに電話、ポールが気に入りアップルレーベル
のアーティストとしてデビューするという、今となっては伝説の
シンデレラガールとなりました。

有名な話ですが、初めてポールを紹介された時に、メリーは
ポールどころか、ビートルズさえも知らなかったそうです。

69年のデビュー・シングル「悲しき天使 Those Were the
Days」は世界的ヒットを記録、全世界で350万枚、日本で
95万枚の驚異的な大ヒットになり、メリー・ホプキンは、
瞬く間に世界のアイドルとしての名声を得ます。

この「悲しき天使」はジーン・ラスキンがアレンジしたのですが、
これの元歌は、東ヨーロッパの民謡「花の季節」という歌だそう
です。
ところが、そのルーツは他にもまだあって、フォミーンという
人が1920年代に作曲したジプシー歌謡風の曲ではないか、とも
言われています。
さらにロシヤ民謡「トロイカの鈴の音ははるかに」をアレンジ
したという説もあります。

と、諸説いりみだれていましたが、どうやら、こちらの説で
決定!
http://numabe.exblog.jp/4988534/


日本では68年12月5日に発売されましたが、オリコンで69年
1月27日の1週だけ第1位になりました。
当時はピンキー&キラーズの「恋の季節」「涙の季節」、
タイガースの「青い鳥」などが1位を争っていました。

続いて発売された「グットバイ」は、ジョン・レノンとポール・
マッカートニーの共作です。

しかし、もともとメリー・ホプキンは、ジョーン・バエズや
ジョデイ・コリンズに傾倒していた純粋なフォーク・シンガー
志向だったため、アップルの求めるポップ・シンガーへの抵抗が
あったのか?この曲のあと1年間新曲が出ませんでした。

次の曲では、彼女は苦しみながらも自分の意思を貫きポールに
「この歌は唄いたくない」と発言。
19歳になった彼女がポールに"ノー"ということはシンデレラを
自ら放棄することになることは彼女も充分承知のはずだし、
ポールのバックアップがあってこそのヒットであることは
わかっていたはずです。

結局その「ケ・セラ・セラ」は英米で急遽発売中止、フランス、
アメリカ、日本でのみ発売されました。
ポールはメリーのプロデュースを降りることになりました。


69年のサンレモ音楽祭では「瞳はるかに」を、セルジオ・
エンドリゴと歌い2位になります。

70年には、「しあわせの扉」でユーロビジョン音楽祭で
第2位を獲得しています。
この年には来日して大阪万博会場でコンサートを行なっています。


71年には、フォーク色を強め、全曲ギターの伴奏を自分で
やったといわれる2ndアルバム「Earth Song, Ocean Song」
を発表後、アップルを去ってしまいます。


その後はT・レックスのプロデューサーとして有名なトニー・
ヴィスコンティと結婚し、音楽業界からは引退しますが、
70年代後半より活動を再開。
89年にはインディーズ・レーベル「TRAX」から賛美歌アルバム
『Spirit』をリリースしています。


もう少し映りがいいのもあるのですが、歌詞がテロップで
出るので、一緒に歌える(?)こちらを選んでみました。



あらためて聞いて見るとイントロに私も演奏している
ハンマー・ダルシマーの音が聞こえてきてビックリ!
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